【ハンムラビ法典碑】美術品として残るバビロニアの法典
今回はパリのルーヴル美術館が所蔵する古代文明の作品を紹介します。
メソポタミア文明とバビロニア王朝
ペルシア湾に注ぐティグリス川とユーフラテス川に囲まれた地域(現在のイラク共和国)はメソポタミア地方と呼ばれていました。
今から約5000年前、ここでエジプトとほとんど同時に人類最初の文明であるメソポタミア文明が始まります。
メソポタミア地方は交通の便がよく貿易が栄えましたが、ほかの民族の侵略も受けやすく、さまざまな国家によって支配されました。
シュメール→アッカド→バビロニア王朝→アッシリア→新バビロニア→アカイメネス朝ペルシア→ササン朝ペルシアと支配者が移り変わり、その美術もまた、形を変えて受け継がれました。
ハンムラビ法典とは
長い混乱の時代を迎えていたメソポタミア地方の統一を果たしたバビロニア王朝のハンムラビ王は偉大な王でした。
ハンムラビ法典は紀元前1770年ごろにハンムラビ王が作った法典で、世界で最も古い法律の一つです。
「目には目を、歯には歯を」の言葉で有名ですね。
282条からなり、刑罰、財産相続、婚姻などについて細かく規定されています。
ハンムラビ法典碑と彫刻の意味
ハンムラビ法典は、高さ225cmの玄武岩の石柱に、楔(くさび)形文字で刻まれています。
そして上部には、法律の完成を正義の神シャマシュに報告するハンムラビ王の姿が浮き彫りになっています。
玉座に座っているのが王かと思いきや、立っているのが王なんですね。
浮き彫りとは、平面に絵や文字が浮き上がるように見える彫ること、およびその彫刻で、レリーフとも言います。
浮き彫りや金属工芸などのペルシア美術は、ヨーロッパや中国、日本の美術にも影響を与えています。